ルソン島北部のティングラエンの村を歩いていると、木造の家々の影から親子が姿を見せた。母親の膝の上に腰掛けた幼い女の子は、まるで異国から迷い込んだ旅人の持つカメラが魔法の道具にでも見えるかのように、キラキラした瞳をこちらへ向けていた。その視線は、いわば質問状のようで、「あなたは何者で、なぜここにいるのか」とでも尋ねているかのようである。しかしその一方で、母親のほうはどこか遠い空の彼方を見つめ、こちらの存在など取るに足らない事柄とでもいうように、静かに座っていた。
フィリピンの山間に暮らす人々にとって、旅行者など年に何度も現れる存在ではないだろう。ルソン島の北部は、地図の余白のように忘れられた場所で、道中は舗装もあやしく、バスに揺られて到着するまでに体力の半分は消耗してしまう。ティングラエンは少数民族の集落で、スペイン統治時代にもあまり干渉を受けなかった地域だ。ここでは、植民地支配の影響を受けにくかった分、独特の文化や言語が守られてきたという。歴史の皮肉というものは、交通の不便さと引き換えに文化の保全を助けることもあるようだ。
ふと考えると、子どものキラキラした瞳というのは、雑誌のキャッチコピーに安易に用いられる常套句だが、実際に真正面から見つめられると、旅人のほうがどこか落ち着かなくなる。こちらは純粋さを前に感動するのではなく、むしろ自分の曇った視界を測定されているようで妙に心地が悪い。母親が遠くを見つめ続けているのも、もしかすると「このよそ者は、子どもの視線に耐えられるだろうか」と観察しているのかもしれない。結局のところ、親子の役割とはそういうもので、子どもが何かを見つめるとき、その背後には必ず監督役が控えているのだろう。
2009年1月 人びと フィリピン | |
ヘアバンド 娘 視線 お母さん 親子 ティングラエン |
No
2393
撮影年月
2008年9月
投稿日
2009年01月14日
更新日
2025年08月20日
撮影場所
ティングラエン / フィリピン
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM