ルソン島の北部に位置する、サンタ・マリアの町をあてもなく歩いていた。ここは世界遺産に登録された歴史ある教会が有名な町だ。だが、僕の目にとまったのは荘厳な建築物などではなく、道端の軒下で繰り広げられているなんとも長閑な光景だった。プラスチックの椅子に腰掛けた女性が、別の女性に手を取られながら、優雅にネイルケアをしてもらっていたのだ。マニキュアという言葉の語源を辿れば、ラテン語の「マヌス(手)」と「キュラ(手入れ)」が合体したものらしい。そんな小難しい西洋の語源などどこ吹く風で、南国の路地裏では素朴な青空サロンが平然と営業している。
その素朴な青空サロンが平然と営業している路地裏を観察してみると、フィリピンではこうした路上でのネイルケアが驚くほど一般化していることに気づく。爪というものは健康な人間であれば一日に平均して零点一ミリほど伸びるそうだ。放っておけば無遠慮に伸び続ける部位だからこそ、手入れの需要は絶えない。しかも爪切りやヤスリ、数本のマニキュアさえあれば、店舗を構える大きな資本などなくとも今日から商売が始められる。手先さえ器用であれば、路上は立派なサロンへと早変わりするわけだ。お洒落が好きな現地の女性にとっても、買い物のついでに道端で爪を綺麗にしてもらえるシステムは、合理的で願ったり叶ったりなのだろう。
その合理的で願ったり叶ったりな施術の様子を、僕は少し離れた場所からじっと見つめていた。帽子をかぶってデニムジャケットを着た施術担当の女性が、小さな道具を手に取り、相手の指先を実に優しく扱っていた。柄物のノースリーブを着て腰掛けた女性も、自分の指先を預けながら満足そうに微笑んでいる。二人は何やら世間話に花を咲かせているようで、路上とは思えぬほど和気あいあいとした空気が漂っていた。ときには作業中の女性が僕の視線に気づき、「あなたもどう?」と言わんばかりに明るく声をかけてくることさえある。
その「あなたもどう?」という明るい誘いの声に対して、僕は思わず自分の無骨な指先を見つめてしまった。薄汚れた服を着て重いカメラをぶら下げた東洋人の男が、どう見てもネイルのお手入れに情熱を注ぐタイプに見えないことくらい、自分でも百も承知だ。残念ながら僕には爪を綺麗に飾るような洒落た習慣はないし、爪切りなど家でパチンパチンと済ませれば十分である。その誘いに曖昧な笑顔で答えながら、僕は再びトボトボと歩き出したのだった。
| 2008年12月 人びと フィリピン | |
| マニキュア サンタ・マリア 女性 |
No
2326
撮影年月
2008年9月
投稿日
2008年12月19日
更新日
2026年07月21日
撮影場所
サンタ・マリア / フィリピン
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM