ミシンで仕事をしていた男が笑った

笑う男
笑う男

眼鏡を掛け、立派な口髭を蓄えた男が、フィリピンの山間の町ボントックの小さな店先に腰を下ろしていた。前に置かれているのは年季の入ったミシンで、錆びかけた鉄のフレームと摩耗したハンドルが、この機械が長年働き続けてきた証を物語っている。男は黙々と布を縫い合わせており、針の上下するリズムがまるでこの町の時間を刻んでいるかのようだった。フィリピンの地方都市では、こうした小規模な縫製業が今も健在だ。大量生産の衣料が世界を席巻する一方で、資本をほとんど必要としないミシン一台の仕立屋は、依然として町の暮らしに根を下ろしているのである。

カメラを向けると、男は手を止めることなく、こちらに満面の笑顔を向けてくれた。その笑顔は作業の疲れをものともせず、むしろ愉快な冗談でも思い出したかのように見えた。考えてみれば、ミシンというのは19世紀半ばに発明されて以来、世界の労働環境を大きく変えた機械である。ボントックのこの一角でも、その影響がいまだに続いているのだ。もっとも、彼の笑顔がシンガー社の発明家に向けられているわけではないだろう。単に暇を持て余した外国人旅行者がカメラを構えていることが、ちょっとした日常のアクセントになっただけかもしれない。

写真を撮り終えても、男は何事もなかったかのように手を動かし続けていた。針の上下する音と布の擦れる音が再び戻り、あたかもこちらの存在など最初からなかったかのように、店の空気はもとの日常に沈んでいった。

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ENGLISH
2014年3月 人びと フィリピン
ボントック 眼鏡 笑い 口髭 ミシン

PHOTO DATA

No

8420

撮影年月

2008年9月

投稿日

2014年03月22日

更新日

2025年08月26日

撮影場所

ボントック / フィリピン

ジャンル

ストリート・フォトグラフィー

カメラ

CANON EOS 1V

レンズ

EF85MM F1.2L II USM

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