渋谷駅(東京)
そのお洒落な出で立ちは太陽の降り注ぐ地上から離れた場所には不似合いだった
東京国際フォーラム(東京)
壁はまるでキャンバスのようで、女性はキャンバスの中を移動しているようだった
池上本門寺(東京)
本堂に行くには急な石造りの階段を登らなければならず、足を踏み入れるための登竜門のようだった
池上本門寺は外国のガイドブックには載っていないようで、境内を歩いていても外国からの旅行者を見かけることはなかった
六義園(東京)
小さな門の向こうには日光が燦々と降り注いでいて、眩しいくらいに明るかった
横須賀(神奈川)
在日米軍の基地も海上自衛隊の基地もある横須賀ではセーラー服の水兵さんの姿をよく目にするのかと思ったけれど、それは僕の思い違いだった
日本橋(東京)
フェンスは女の子よりもちょっと高く、つま先で立って精一杯背伸びをしているのだけれど女の子の頭がフェンスの上に出ることはなかった
渋谷(東京)
馬のマスクをかぶった男がドラムを叩く姿は大勢の人の耳目を集め、男の思惑通りの状況になっていたことだろう
金王八幡宮(東京)
地面に設けられた栓が黄泉の国とこの世を繋ぐもので、拝殿は単なる飾り物なのかもしれない
あまり離れていないところに鎮座している渋谷氷川神社と金王八幡宮は、縁起によると同じ年の創建だ
新宿(東京)
新宿南口を出た辺りに今でも残っている路地は、戦後のどさくさに立った闇市の雰囲気を感じさせる
赤坂サカス(東京)
かつて日本では紫は高貴な色とされていたため、皇族やそれに連なる者にしか使用が認められない時代もあったのだという
赤坂(東京)
女の子のスカートと傘が日光にとても映えていて、その鮮やかさは向こうの方に見えるくすんだ色の鳥居とは対照的だった
女の子の白いスカートが地上から降り注ぐ日光の中でキラキラと輝いていた
皇居(東京)
石垣に使われている石はどれもこれも大きく、揺らやかな弧を描くように積まれていた
江戸時代のほとんどの期間、江戸城には天守閣は無かった
新丸ビル(東京)
中国、韓国、アメリカなども大阪と同じようにエスカレータの右側に立つのが一般的のようだ
町屋(東京)
神輿が止まってる間、脇を固めている高張提灯を持った人たちも止まっていた
高張提灯を抱える年配の男が幼い男の子と会話していた
祭りだったので、町屋の道路の主役は自動車でなく神輿とそれに乗っている神様だった
清澄庭園(東京)
静かだから清澄庭園の樹の下は読書するには格好の場所に違いない
新宿御苑(東京)
木陰に並んで寝転がっていたカップルの前には青々とした芝生が広がっていた
丸の内(東京)
爽やかな風が駆け抜ける町角に立つ女性の髪が軽やかに風に舞っていた
有楽町(東京)
牛丼屋の持ち帰りカウンターの中でシルエットが忙しそうに働いた
お父さんが幼い娘の小さな手をしっかり握りながら歩いていた
白金台(東京)
境内を取り囲むように並んだ屋台の中に煎った銀杏を売る屋台も出ていた
縁日で幼い女の子がお母さんと一緒に金魚すくいをしていた
覚林寺(東京)
カラフルなスーパーボールすくいの屋台は子どもたちに大人気だ
行列の中にいた女の子は少し退屈そうで、左の方を険しい顔でじっと眺めていた
武蔵小山(東京)
移転して場所が変わっても、立ち食いの焼き鳥屋は同じように繁盛していた
昔から営業を続けている食堂の前を女性が歩いていた
薄暗い通りがカップルのために存在しているかのような雰囲気に包まれていた
道行く人々の姿がはっきり見えるのは日溜まりに現れたときだけだ
青山一丁目駅(東京)
電車が去った青山一丁目のプラットホームは静けさに包まれていた
外苑前駅(東京)
地下鉄開業当時の人は今の人よりずっと小柄だったと思うほど、銀座線の駅は狭い
神宮橋(東京)
原宿駅近くの線路に架かっている神宮橋の上を走る車道が混んでいるのを見たことはない
明治神宮(東京)
最初に神前式で挙式したのは今からわずか120年ほど前の大正天皇とされている
「角隠し」とはなかなか不思議な名前で、新婦は角を持っているのが前提になっている
銀座(東京)
袈裟姿は非常に目立つものの、銀座の中心で托鉢をする僧侶に関心を払う人はほとんどいなかった
銀座のど真ん中で男が人形の頭と胴体を掴んで、ポーズを取らせていた
町角
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