ブンガマティの町を歩いていると、ひときわ目を引く古い水場に行き当たった。壁面には不思議な彫刻が施され、苔や草に覆われながらも、いかにも長い時間を経てきたことを物語っている。ネパールの町では、このような共同の水場が生活の要として残っていることが多く、観光ガイドブックには「歴史遺産」と書かれていても、地元の人にとっては単なる日常の台所代わりである。水道インフラが十分に整わない地域では、上下水道という近代的言葉など、まだ夢のまた夢なのだろう。
僕が立ち止まって見ていると、ちょうど年配の女性が洗濯の真っ最中だった。腰を落として布を石に擦り付けるその手つきは、まるで太鼓を打つかのように軽快で、長年の習慣からか実に手際がいい。その横には幼い女の子がしゃがみ込み、母親の真似をして小さな手で布を押さえている。洗濯機のローンより、石と水の方がずっと安上がりで確実だという、なんとも単純明快な算術がここにはある。
もっとも、観光客の目からすれば「伝統的生活の光景」に見えるが、当の本人たちにしてみれば単なる家事の延長にすぎない。観光写真に写り込んだ自分の姿を見たら、きっと「わざわざ外国から来て、何をそんなに珍しがっているのか」と首を傾げるに違いない。僕はカメラのファインダー越しに、洗濯と歴史的な水場の彫刻が同じ画面に収まるという、この妙な取り合わせを見ながら、ひとりで小さく肩をすくめていた。
2013年11月 ネパール 人びと | |
ブンガマティ 洗濯物 老婆 水場 |
No
8051
撮影年月
2009年7月
投稿日
2013年11月08日
更新日
2025年08月24日
撮影場所
ブンガマティ / ネパール
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM