白髪が混じった無精髭をたくわえた男が、マルダの路地の片隅に腰を下ろしていた。肩には布が無造作に掛けられている。インドの労働者にとって、これはただの布切れではなく、道具の一部である。荷を運ぶ際に肩の上でクッション代わりにしたり、汗をぬぐったり、時には頭に巻いて日差しを避ける。便利な万能品であり、持ち主の職業や生活を雄弁に物語っている。
僕がカメラを構えると、男はふいに顔を上げ、上目つかいで視線を外の方へと逸らした。その眼差しは、何か哲学的な難問を考えているようにも、ただ昼飯のカレーに玉ねぎが多すぎたことを思い返しているようにも見える。無精髭の隙間からは言葉の代わりに沈黙がこぼれ落ち、周囲には僕のシャッター音だけが乾いたリズムを刻んでいた。
インドでは、路上に腰を下ろしている労働者の姿は珍しくない。マルダは交易の町として知られてきた場所で、今でも市場や小路には人力に頼る運搬の風景がある。西欧の産業革命の教科書に載っていそうな「機械化」の文字は、彼らにとってはどこか遠い世界の話である。ここでは人の肩と足がまだ立派な運搬機械として機能しているのだ。
男はついに僕と目を合わせることはなかったが、その上目つかいには、撮られることに対する戸惑いと、同時に「勝手にするがいい」という諦観が入り交じっていた。まるでこちらの行為など、蝿が一匹まとわりついただけの些事に過ぎないという風情である。カメラを向けた僕が試されているのか、それともただ午後の暑さに倦んでいただけなのかは分からない。ただ一つ確かなのは、マルダの片隅で、無精髭の男が上目つかいで遠くを見ていた――という記録だけである。
2013年11月 インド 人びと | |
布 顔 労働者 マルダ 上目使い 頬髭 |
No
8050
撮影年月
2011年6月
投稿日
2013年11月07日
更新日
2025年08月24日
撮影場所
マルダ / インド
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM