新橋の駅を降りて、賑やかな繁華街を当てもなく歩いていた。この界隈はサラリーマンの聖地などと呼ばれるが、昼下がりの路地裏は、案外と静まり返っているものである。ふと顔を上げると、通りの反対側の歩道に、僕と同じように足早に歩く一人の女性の姿が目に留まった。彼女は茶系のコートを羽織り、首元には鮮やかな青と紫のスカーフを巻いている。その姿は、周囲の灰色がかったビルの壁面や、無機質なシャッターの影から浮き立つように鮮明であった。
その彼女が手にしていたのは、黒い大きなトートバッグである。そこには白抜きの大きな文字で、何やら英語の文章が綴られていた。
「WHEN YOU SAY YOU LOVE ME」
直訳すれば「君が僕を愛していると言うとき」といったところだろうか。しかし、この文章はそこで唐突に途切れている。文法的には、この後に続くべき主節がどこにも見当たらない。接続詞だけで放り出された言葉の群れは、まるで出口のない迷路のようである。
このように、中途半端な言葉を背負って歩くというのは、一体どのような心持ちなのだろう。普通に考えれば、愛を告げられた後の反応は「受け入れる」か「拒絶する」かの二択に集約されるはずだ。だが、このバッグの製造元は、そんなありきたりな結末を用意するのを潔しとしなかったらしい。あるいは、続きを考える労力を惜しんで、デザインという名のもとに放擲しただけかもしれない。
そんな勝手な憶測を巡らせているうちに、彼女の歩調はさらに速まり、僕の視界から遠ざかっていく。バッグの文字が影に溶け込み、判読できなくなる。ひょっとすると、彼女は今まさに、その「問いかけ」をした張本人のもとへ、未完の答えを届けに向かっている最中だったのかもしれない。
| 2016年2月 町角 東京 | |
| 鞄 新橋 |
No
9647
撮影年月
2015年12月
投稿日
2016年02月12日
更新日
2026年04月26日
撮影場所
新橋 / 東京
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
SIGMA DP2 MERRILL