インドの東部、西ベンガル州にあるベルハンポルの街角を、重たい足取りで歩いていた。ここはかつてイギリス東インド会社の拠点があったとかで、古い歴史があるらしい。だが、今の僕にとってはただひどく埃っぽく、まとわりつくような熱気があるだけの街である。大きなカメラを首からぶら下げて歩いていると、やたらと見知らぬ連中から声を掛けられる。写真の、見事な口ひげを蓄えた男もその一人であった。彼は僕と目が合うなり、自分の姿を撮ってくれと馴れ馴れしく要求してきたのだ。インドの男たちは口ひげを男らしさや権威の象徴として好む傾向があるらしく、州によっては警察官がヒゲを生やすと手当が出るという珍妙な話を聞いたことがある。彼のその手入れの行き届いた立派な口ひげも、きっと本人にとって大いなる自慢の種なのだろう。
その大いなる自慢の種を見せつけるかのように声を掛けてくる彼らの動機は、単なる無邪気な好奇心に過ぎない。僕の持っている無骨な機械に興味を惹かれ、我慢できずに近づいてきただけである。別に断る理由もないので、暇つぶしにレンズを向けてシャッターを切ってやる。興味深いのは、彼らのその後の反応である。僕が使っているのはフィルムカメラだ。デジタルカメラのように、背面の液晶モニターで今撮った画像をすぐに見せてやることなどできない。日本に帰って現像するまでは、どのような結果になっているかは僕自身にも分からないのだ。つまり、この口ひげの男のような通りすがりの人間は、自分の写った姿を永遠に目にすることができないという、ひどく理不尽な構造になっている。
そのひどく理不尽な構造について、当の本人たちは少しも気にかけていない。大抵の人間は、最終的な結果になど微塵も興味がないのである。彼らにとって重要なのは、見ず知らずの異邦人に仰々しいカメラを向けられ、シャッターを切られるという「非日常のイベント」そのものだ。ファインダー越しに目を合わせ、カシャリと機械音が鳴った瞬間に、彼らの無責任な好奇心はすっかり充足されてしまうらしい。写真を撮れとわざわざ引き留めたくせに、撮り終わると満足げな顔をして、あっさりと自分の退屈な日常へと帰っていく。そのあまりのあっけなさに、僕はいつも狐につままれたような気分になる。
| 2012年8月 インド 人びと | |
| 禿頭 ベルハンポル 顔 男性 口髭 |
No
6679
撮影年月
2011年6月
投稿日
2012年08月03日
更新日
2026年04月27日
撮影場所
ベルハンポル / インド
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM