エーヤワディー川沿いに位置する古風な街、ピイを徘徊していた。あまりの暑さにたまらなくなり、日差しを避けるために一軒の古びた喫茶店へ滑り込む。当然、世界的な緑の看板のチェーン店などあるはずもない。しかし、この簡素な店構えの横には、なぜか青いラシャの張られたビリヤード台が置かれていた。イギリスの植民地時代に持ち込まれたビリヤードは、今やこの国の若者たちの手軽な娯楽として定着している。ここはどうやら、この長閑な地方都市における最先端のお洒落スポットであるらしい。
その最先端のお洒落スポットであるらしい店内に、一歩足を踏み入れてみる。大ぶりな木製のテーブルが置かれたその特等席に、南国らしい大柄な花柄の服を着た一人の女の子がちょこんと腰を下ろしていた。彼女は周囲の気配など全く気にも留めず、手元に広げた一冊の分厚い本に視線を落として、静かに読書に没頭している。そもそもミャンマーという国は、仏教の寺子屋教育が古くから普及していた歴史がある。そのおかげで、アジアの中でも驚くほど高い識字率を誇る国なのだ。街頭にずらりと本を並べた古本露店や、個人が営む私設の貸本屋がそこかしこに今も残っている。彼女が文字の海に溺れるように集中しているのも、この国ならではの極めて日常的な光景なのだ。
その日常的な光景の中で本を読みふける彼女の足元を、僕は横目でそっと観察した。彼女は靴を脱ぎ、頑丈そうな木製の肘掛け椅子の上に、両足を器用に引き上げて乗せている。まるで鳥が木に止まるかのように膝を抱え込んだ、じつに独特な姿勢だ。お行儀が悪いと叱る日本の大人もいるかもしれないが、このお行儀の悪さこそが、体をもっとも楽にする究極の脱力法なのだ。本を開いたまま、彼女の周囲を流れる時間だけが、まるでそこだけ粘度を増したようにゆったりと遅延しているように見えた。
| 2010年9月 ミャンマー 人びと | |
| カフェ 花柄 女の子 ピイ 読書 |
No
4609
撮影年月
2010年3月
投稿日
2010年09月21日
更新日
2026年07月17日
撮影場所
ピイ / ミャンマー
ジャンル
スナップ写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM