薄暗い店の中で薬品らしき箱が並ぶ棚を背に男が立っていた

虚ろな瞳の男
虚ろな瞳の男

バングラデシュの北西部にあるロンプールの町を歩いていた。どういうわけか、口髭を生やした男が薄暗い店の中にぽつんと立っているのを見つけた。男の背後にある古びた棚には、何かの薬品でも入っているのだろうか、同じような四角い箱が隙間なくうずたかく積まれている。バングラデシュといえば、国内で消費される医薬品の大部分を自国で生産している珍しい国である。特許の例外規定を利用して、安価なジェネリック医薬品を作るのが得意らしい。そんな薬屋の店主だとしたら、彼は随分と暇を持て余しているようだ。客の姿は全くなく、男はただ所在なげに突っ立っているだけだ。ある意味では、客が来るのをじっと待つこと自体が彼の立派な仕事なのかもしれない。

著者 : 下川裕治
朝日新聞出版
発売日 : 2023-06-07

その客が来るのをじっと待つのが仕事かもしれない男の店先に、ひやかしのつもりで僕が近づいていった。すると、男はこちらに顔を向けたものの、その目はひどく虚ろな色を浮かべていた。いらっしゃいませという愛想笑いひとつ浮かべるわけでもなく、ただぼんやりと僕を見つめているのである。ひょっとしたら、久しぶりにやって来た人影が、小銭を持った客ではなく、黒いカメラを首からぶら下げただけの怪しい異邦人だったことに気づいて、すっかり落胆してしまったのかもしれない。

そのすっかり落胆してしまったのかもしれない男の顔を見ていると、なんだか少し申し訳ない気もしてくる。彼は一瞬で、僕が来ても自分の店の売り上げには一タカたりとも貢献しない、つまり全く金にならない輩だと見抜いたのだろう。商売人の直感というのは恐ろしいものだ。そして、不幸なことに彼のその直感は完全に当たっている。

ロンプールをGoogleマップで見る
 でコメントする
ENGLISH
2010年4月 バングラデシュ 人びと
視線 男性 口髭 ロンプール

PHOTO DATA

No

3983

撮影年月

2009年9月

投稿日

2010年04月21日

更新日

2026年06月08日

撮影場所

ロンプール / バングラデシュ

ジャンル

ポートレイト写真

カメラ

CANON EOS 1V

レンズ

EF85MM F1.2L II USM

日本国外で撮影した写真

すべての撮影地を見る »

被写体別のカテゴリ