インド東部の町、ムルシダバッドの道端で、丸顔の女性が腰を下ろしていた。白いサリーをまとい、薄く笑みを浮かべながら、何かを待っているようにも見える。僕がカメラを向けると、彼女はふっと視線を逸らした。突然の撮影に困惑したのかもしれない。だが、その表情には怒りや拒絶の色はなく、むしろ遠くの誰かに助けを求めるような、淡い期待が浮かんでいた。
ムルシダバッドは、かつてベンガル地方の都として栄えた古都だ。十八世紀にはナワーブ(藩王)の宮殿が建ち、インド東部における政治と交易の中心だった。しかし英国東インド会社が勢力を伸ばすと、歴史の主役は次第にコルカタへと移っていった。町の建物には今も往時の繁栄の影が残るが、通りを歩く人びとはのんびりとしていて、どこか時間の流れが鈍い。
この女性も、そのゆるやかな時間の住人なのだろう。彼女の頬の皺は、過ぎた季節をひとつずつ刻んだ年輪のようだった。鼻には小さなピアスが光り、耳たぶには花の形の飾り。質素だが、誇りのようなものが漂う。カメラを構えた僕の方を、ようやくちらりと見た瞬間、唇の端がかすかに動いた。笑ったのか、ため息をついたのか、判断はつかなかった。
2013年2月 インド 人びと | |
イヤリング 顔 ムルシダバッド 鼻ピアス 女性 |
No
7264
撮影年月
2011年6月
投稿日
2013年02月18日
更新日
2025年10月13日
撮影場所
ムルシダバッド / インド
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM