タンクトップを着てペンダントをぶら下げた男が、インドのマルダの町角に腰を据えていた。彼の眉毛は一本に繋がっていて、まるで意志の固い縄のように額の上を横切っていた。カメラを構えると、男は退屈しのぎとばかりに正面から視線を返してくれる。どうやら暇を持て余していたらしい。その目は真剣なのか遊びなのか判然とせず、しかし人を観察する楽しみを与えてくれる点で実にありがたい被写体だった。ファインダー越しに見ると、口元には短く刈った髭が密集し、顎から頬にかけて濃い影を作っている。体毛に恵まれすぎると眉毛まで余計に主張してしまうらしく、彼の場合はその典型であった。
インドでは不思議なことに、酷暑にもかかわらず体毛の濃い人間が多い。人類学的に見れば、紫外線から皮膚を守る役割があるとか、蚊などの虫を防ぐのに役立つなど諸説あるが、少なくとも扇風機一つで汗を飛ばしているこの土地では、余分な毛など邪魔でしかないように思える。だが現実には、マルダの男は何の不便も感じていない様子で、その堂々とした眉毛と髭を誇っているようにすら見える。こちらが暑さに参っているのに、彼は汗をかいても平然としている。体毛は不要どころか、むしろ彼らの自然な鎧なのかもしれない。
それにしても、世界には髭や眉毛に異常な執着を見せる文化もある。古代ローマでは髭剃りが文明人の証とされた一方で、中東や南アジアでは立派な髭が成人男性の象徴とされる。マルダの街角にいたこの男は、偶然にもその両極の価値観を行ったり来たりする中間点にいるように思えた。僕はシャッターを切りながら、この眉毛が世界史的な意味を持っているなどと勝手に妄想し、しかし当の本人はそんなことには全く頓着していない様子で、ただ暇つぶしにこちらを見返していた。
2013年11月 インド 人びと | |
髭 眉毛 顔 マルダ 男性 |
No
8062
撮影年月
2011年6月
投稿日
2013年11月11日
更新日
2025年09月23日
撮影場所
マルダ / インド
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM