けたたましい経済発展を象徴するような、そびえ立つ高層ビル群の足元から逃げ出すようにして、僕は上海の旧市街へと迷い込んだ。むせ返るような湿気と、得体の知れない油の匂いが鼻をつく。こうした入り組んだ細い路地は「弄堂(ロンタン)」と呼ばれ、かつての上海における共同生活の象徴なのだそうだ。ごちゃごちゃと古びた低層の家屋が両脇に連なり、それぞれの戸口の前には、いつからそこにあるのか見当もつかないほど錆びついた自転車が、何台も無造作に停められている。
頭上を見上げれば当然のように洗濯物が空を塞いでいる。窓から竹竿などを水平に突き出して、下着からズボンまでを串刺しのように干すこの光景は、古くから上海名物として「万国旗」などと持て囃されているらしい。だが、他人の生活の残骸が風にそよぐ下を、わざわざ首をすくめて潜り抜けることに、風情もへったくれもない。ただ純粋に邪魔なだけである。そもそも、これほど埃と排気ガスの舞う路地裏の空中に晒しておいて、果たしてそれが本当に綺麗になっているのかどうか、僕にははなはだ疑問であった。
その、他人の生活臭がポタポタと頭上から滴り落ちてきそうな道を、若い母親が幼い娘の手を引きながら歩いていくのが見えた。小さな歩幅でちょこちょこと進む娘の足取りに合わせて、二人の背中がゆっくりと遠ざかっていく。僕はその不規則に揺れる頭上のシャツと彼女たちの後ろ姿をただぼんやりと見送るだけで、それ以上先に進む気力も失せ、足は完全に止まってしまった。
| 2008年10月 中国 人びと | |
| バック・ショット 娘 手 お母さん 親子 上海 |
No
2069
撮影年月
2008年6月
投稿日
2008年10月04日
更新日
2026年03月10日
撮影場所
上海 / 中国
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM