バクタプル旧市街の路地を、あてもなく歩いていた。石畳の凹凸が大きく、下を向いていないと躓く。おかげで僕は終始うつむいて歩いていた。観光客としては、まるでなっていない。そのうつむいた姿勢のまま角を曲がったところで、ひとりの女の子と出会った。
出会った、と書いたが、正確には向こうが先にこちらを見つけていた。カメラを向けると、女の子は両手を頭の後ろに回した。本人なりのポーズらしい。つぶらな瞳が好奇心でいっぱいで、レンズをまっすぐ見ている。嬉しさと恥ずかしさが同居したような顔だった。
その恥ずかしさで言えば、分が悪いのは僕の方である。見知らぬ大人が路地でカメラを構えているのだ。どう考えても怪しい。それでも女の子は逃げなかった。度胸がある。
度胸といえば、この街も相当なものだ。バクタプルはネワール語でクォパと呼ばれ、十八世紀までは独立した王国だった。カトマンズ、パタンと三つの王国が、歩いて行き来できる距離で睨み合っていたのだから、なかなか気の休まらない話である。
王国の名残は食べ物にも残っている。ネパールでこの街の名物といえばヨーグルトで、ジュジュ・ダウ、訳せば「王様のヨーグルト」という。素焼きの器に流し込んで固める。器が水分を吸うので、妙に濃い。器ごと出てくるから、食べ終わったあとに器が手元に残って困る。
困るといえば時計もそうだ。ネパールの標準時は日本より三時間十五分遅い。世界の大半が一時間刻みで区切っているところに、四十五分という半端を持ち込んでいる。おかげで着いた日は、腕時計をどう直すかしばらく考えた。
考えているうちに、写真の話に戻る。女の子はシャッターを二度ほど押したところで、ふいに向きを変えて路地の奥へ走っていった。名前も聞いていないし、聞いたところで僕には発音できなかっただろう。旧市街の路地は狭い。走り去る背中は、三秒ほどで見えなくなった。
| 2010年1月 ネパール 人びと | |
| バクタプル クスクス笑い 女の子 笑顔 |
No
3613
撮影年月
2009年6月
投稿日
2010年01月24日
更新日
2026年08月04日
撮影場所
バクタプル / ネパール
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM