池の畔に大きく傾いた木に寝そべって、のんびりとくつろぐ男の子の姿

木の上でゆったりする男の子
木の上でゆったりする男の子

ベトナム南部のメコンデルタに位置するベンチェーの町中を歩き回っていた。ヤシの木が生い茂るこののどかな田舎町にも、憩いの場らしき小ぎれいな池の畔がある。そこに、信じられないほど極端に斜めに傾いた一本の大きな木が立っていた。「立っている」と言うよりは、重力に逆らうのをすっかり諦めて「横たわっている」と表現した方が正しい。しかも街路樹をよく見ると、木の幹の下半分が不自然に白く塗られている。これは単なる目印ではなく、消石灰を塗ることで害虫や病気から樹木を守り、夜間の視認性を高めるための昔ながらの知恵だそうだ。そんなお行儀のよい白い服を着せられた樹木たちの中で、この横たわった一本だけは、どこか異彩を放っていた。

その重力に逆らうのをすっかり諦めて横たわっている白い木の上を、よく見つめてみる。すると、幹の絶妙な斜度の部分に、ひとりの男の子がなんとも器用に腰を下ろしていた。普通のベンチの背もたれに寄りかかるよりも、この斜めに倒れた生きた幹に体を預ける方が、はるかに心地よくリラックスできるのかもしれない。公園に設置されたベンチにただ腰掛けているだけでは、傍から見て単に「座っている人」にすぎない。しかし、あえてこんな風に奇妙な格好で木に登り、背中を預けていると、どうだと言わんばかりに「僕は今、猛烈にくつろいでいるぞ」という強い自己主張が周囲に漂い始める。

その「自分はいま猛烈にリラックスしている」という妙に強い自己主張こそが、実は本当に心身を和らげる鍵なのかもしれない。医学の世界では、何の薬効もないただの砂糖の塊を薬だと信じ込ませて服用させることで、実際に症状が改善してしまう「プラセボ効果」という現象が知られている。この言葉はラテン語の「私は喜ばせるだろう」という祈りの言葉に由来する。これを応用すれば、たとえ木の上がゴツゴツして本当はちっとも快適でなかったとしても、本人が「この木の上こそが至高の特等席だ」と思い込んでいれば、脳はそれを真実と錯覚してしまうはずだ。

ベンチェーをGoogleマップで見る
 でコメントする
ENGLISH
2009年6月 人びと ベトナム
バック・ショット ベンチェー 男の子 リラックス

PHOTO DATA

No

2926

撮影年月

2009年3月

投稿日

2009年06月27日

更新日

2026年07月15日

撮影場所

ベンチェー / ベトナム

ジャンル

スナップ写真

カメラ

CANON EOS 1V

レンズ

EF85MM F1.2L II USM

日本国外で撮影した写真

すべての撮影地を見る »

被写体別のカテゴリ