上海の路地裏を歩いていると、煉瓦造りの壁の前におかっぱ頭の女の子が立っていた。カメラを構えると、彼女はためらいもなく近づいてきて、じっとレンズを覗きこんだ。まだ写真に撮られることに慣れていないのか、あるいは単に好奇心の塊なのか、その判断は難しい。だが、表情に浮かぶわずかな緊張感と、いたずらっぽい目の輝きが、上海という都市の雑然とした生活の匂いを背景にして一層際立っていた。中国の子供たちにとって、カメラはまだ少しばかり特別な出来事なのだろう。
おかっぱ頭は日本では戦前の小学生を思わせる古風な髪型だが、中国でも農村や下町を歩けば案外よく見かける。手入れの手間が少なく、真っ直ぐな髪質には実に都合がいい。もっとも、美容院に行く余裕などなくても、家庭の台所で母親が鋏を振るえばすぐ完成するという点で、この髪型は合理主義の象徴かもしれない。雑学めいた話をすれば、日本の昭和初期に流行った「おかっぱ」も、庶民的な衛生観念と経済性が背景にあったという。そう考えると、上海の女の子の姿もまた、歴史の反復のようである。
ただし、こちらが勝手に郷愁を重ねて感傷に浸っても仕方がない。女の子の小さな瞳は、こちらの思索など気にかけることなく、ただまっすぐに見返している。まるで「旅人風情が何を考えていようと知ったことではない」と言いたげに。百閒先生なら「写真機に魂を吸い取られると思っているのだろう」と言って笑い飛ばすに違いない。いずれにせよ、上海の裏路地には、感傷も理屈も軽やかに飛び越えるような眼差しが存在していたのである。
2008年9月 中国 人びと | |
おかっぱ頭 女の子 上海 |
No
1971
撮影年月
2008年6月
投稿日
2008年09月05日
更新日
2025年09月23日
撮影場所
上海 / 中国
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM